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歴史・10月5日

ローマ法王インノケンティウス11世が死去した日

10月5日は、第240代ローマ教皇であるインノケンティウス11世が崩御した日です。在位中にはヨーロッパ諸国の同盟を支援し、オスマン帝国との戦いやフランス国王ルイ14世との対立などで足跡を残しました。彼の死後、その治世や聖性が評価され、後に福者に列せられています。

インノケンティウス11世の生涯と教皇即位

インノケンティウス11世(本名:ベネデット・オデスカルキ)は1611年にイタリアのコモで生まれました。軍人から聖職者の道を歩み、枢機卿を経て1676年にローマ教皇に選出されました。質素な生活を好み、教会財政の改革や縁故主義(ネポティズム)の廃止に努めたことで知られています。

治世の主な出来事と対外関係

教皇としての在位期間中、オスマン帝国によるヨーロッパへの侵攻を防ぐため、神聖ローマ皇帝レオポルト1世らを支援し、諸国の団結に尽力しました。一方で、フランス国王ルイ14世の絶対王政や教会に対する優越権主張(ガリカニスム)とは激しく対立し、教会の独立性を守るための外交を展開しました。

死去とその後の影響

インノケンティウス11世は1689年10月5日にローマで死去しました。彼の死後、その清廉潔白な人柄と教会改革の功績から敬愛を集め、1956年にピウス12世によって福者に列せられました。記念日は彼の命日である10月5日とされています。

ポイント

  • インノケンティウス11世は1689年10月5日に死去した。
  • 本名はベネデット・オデスカルキである。
  • 1956年にローマ教皇ピウス12世によって福者に列せられた。