歴史・10月2日
第二次世界大戦でハンガリーが降伏(1944年)
1944年10月2日、第二次世界大戦末期において、枢軸国側であったハンガリーが連合国側に対する休戦(降伏)の署名を行いました。これは戦局の悪化に伴う単独講和の試みでしたが、直後にドイツ軍によるクーデターが発生し、戦闘状態は継続することになりました。歴史的な転換点となったこの出来事の背景と経緯について解説します。
ハンガリーの降伏に至る経緯
第二次世界大戦においてホルティ・ミクローシュの指導下で枢軸国側に立っていたハンガリーは、ソ連軍の急激な進攻や本土への空襲などにより、圧倒的な劣勢に追い込まれていました。ホルティ政権は秘密裏に連合国側との接触を図り、1944年10月2日、ソ連に対して休戦協定の署名を行いました。これにより、ハンガリーは事実上の降伏を表明しました。
その後の影響と結末
しかし、この動きを察知していたナチス・ドイツは迅速に対応しました。ドイツ軍はハンガリー国内の実権を掌握するため、いわゆるパンツァーファウスト作戦を実行し、ホルティ政権を打倒しました。親独派の矢十字党による政権が樹立されたため、ハンガリーの降伏工作は一時的に頓挫し、同国は終戦に至るまで激しい戦場となりました。
ポイント
- 1944年10月2日にハンガリーが連合国との休戦に署名した。
- ホルティ・ミクローシュ政権が単独講和を試みた。
- ドイツ軍の介入により政権が倒され、戦闘は継続した。