歴史・9月24日
西ドイツでドイツ赤軍の指導者アンデレアス・バーダーらが獄中で死亡した日
1977年9月24日、西ドイツのシュトゥットガルトにあるシュタハム刑務所で、極左テロ組織「ドイツ赤軍(RAF)」の指導者であるアンデレアス・バーダーらが獄中で死亡しているのが発見されました。公式発表では自殺とされましたが、その死を巡っては様々な疑問や議論が呼ぶことになりました。この事件は、ドイツの現代史およびテロリズムとの闘いにおいて重大な転換点となりました。
事件の経緯
1977年9月24日朝、シュタハム刑務所の独房で、ドイツ赤軍の主要メンバーであるアンデレアス・バーダー、グドルン・エンスリン、ヤン=カール・ラスペの3人が死亡しているのが見つかりました。また、同房にいたイルムガルト・メラーも重傷を負って発見されましたが、一命を取り留めました。当局は、彼らが銃器を使用して自殺したと発表しました。
ドイツ赤軍と「ドイツの秋」
アンデレアス・バーダーらは、1970年代に西ドイツで銀行強盗、爆弾テロ、要人暗殺などを繰り返した極左武装組織「ドイツ赤軍」(別名バーダー・マインホフ・グループ)の中心的指導者でした。彼らは1972年に逮捕され、裁判が続いていました。指導者らの獄中死があった1977年は、彼らの仲間の解放を求めてルフトハンザ航空181便ハイジャック事件などが発生した時期であり、西ドイツ政府にとって最大の治安危機となった「ドイツの秋」の最中に起きた出来事でした。
その後の影響
公式には自殺と認定されたものの、極左勢力や一部の人権活動家などからは、国家による暗殺ではないかという陰謀論や疑念が呈されました。しかし、生き残ったイルムガルト・ラスペ(メラー)の証言やその後の捜査により、組織内部での計画的な集団自殺であったことが裏付けられていきました。指導者層の死によってドイツ赤軍の勢力は決定的な打撃を受け、組織は衰退への道をたどることになりました。
ポイント
- 発生日は1977年9月24日である。
- 場所は西ドイツ・シュトゥットガルトのシュタハム刑務所である。
- 死亡したのはアンデレアス・バーダー、グドルン・エンスリン、ヤン=カール・ラスペの3人である。
- 当局による当時の公式発表は「銃器を用いた自殺」であった。