歴史・9月19日
イギリスと清が北京条約を締結
9月19日は、歴史上においてイギリスと清の間で北京条約が締結された日です。アレス(アロー戦争)の終結に伴う講和条約であり、近代中国の歴史において重要な転換点となりました。この条約によって、諸外国の権益拡大や領土割譲がさらに進むことになりました。
北京条約締結の経緯
1860年、アロー戦争(第二次アヘン戦争)において、英仏連合軍が北京を占領しました。これを受けて清朝は英仏両国と講和交渉を行い、同年10月までに天津条約の批准とともに新たな条約である北京条約を締結しました。イギリスとの間の北京条約は9月19日(咸豊10年8月5日)に調印されました。
条約の内容と影響
イギリスとの間の北京条約では、すでに天津条約で合意されていた内容の確認に加え、九龍半島の南部(界限街以南)の割譲や、賠償金の増額、中国人の海外渡航(クーリー貿易)の容認などが盛り込まれました。これにより香港周辺におけるイギリスの植民地支配地域が拡大し、清朝の半植民地化がさらに進行する契機となりました。
ポイント
- イギリスと清の間で締結された北京条約の調印日は1860年9月19日である。
- アロー戦争(第二次アヘン戦争)の講和条約の一つである。
- この条約により九龍半島南部がイギリスに割譲された。