歴史・9月13日
アメリカ・メリーランド州でアンティータムの戦いが始まる(1862年)
1862年9月13日、アメリカ南北戦争において、メリーランド州を舞台とするアンティータムの戦いに至る前哨戦および展開が始まった日です。この戦いはアメリカの歴史上、単日の戦闘としては最も多くの死傷者を出した戦いの一つとなりました。南北戦争の戦局を大きく転換させる重要な契機となったことで知られています。
アンティータムの戦いの概要
1862年9月、南軍のロバート・E・リー将軍率いる北ヴァージニア軍が、初めて北部M.メリーランド州へ侵攻しました。これに対し、北軍のジョージ・マクレラン将軍率いるポトマック軍が迎撃に向かいました。両軍はメリーランド州シャプスバーグ近郊のアンティータム・クリーク付近で衝突し、同年9月17日に本格的な激戦が勃発することになりますが、その前段階の動きが9月中旬より活発化しました。
歴史的影響と意義
アンティータムの戦いは軍事的には引き分けに終わりましたが、実質的には北軍の戦略的勝利となりました。これにより南軍の北上作戦は挫折し、イギリスやフランスといった欧州列強による南軍の承認を阻止することに成功しました。また、この戦いの結果を受けて、エイブラハム・リンカーン大統領は同年9月22日に「奴隷解放宣言」の予備宣言を発表し、南北戦争の大義を従来の「連邦の維持」から「奴隷制の廃止」へと大きく転換させる決定的な契機となりました。
ポイント
- 1862年9月13日にメリーランド州でアンティータムの戦いに向けた展開が始まった。
- アンティータムの戦いはアメリカ史において単日での犠牲者数が最大の戦闘である。
- この戦いの後、リンカーン大統領によって奴隷解放宣言の予備宣言が発表された。