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社会・9月12日

チリでアジェンデ政権に対する軍事クーデターが発生した日

1973年9月12日、南米チリにおいてアジェンデ政権に対する軍事クーデターが発生しました。ピノチェト陸軍司令官らが率いる軍部が実権を握り、サルバドール・アジェンデ大統領は宮殿内で死亡しました。このクーデターにより、チリの民主主義体制は崩壊し、長期にわたる軍事独裁政権が始動することになりました。

クーデターの発生と経緯

1970年、選挙によって世界初の民主的な社会主義政権であるサルバドール・アジェンデ大統領率いる「人民連合」政権が誕生しました。しかし、主要産業の国有化や土地改革などの政策は国内の保守派や経済界との間に深刻な対立を生み、アメリカの介入も相まって経済的混乱と社会的不安が増大しました。1973年9月12日(※現地時間では9月11日)、アウグスト・ピノチェト将軍ら軍部が蜂起し、大統領府(ラ・モネダ宮殿)を攻撃しました。アジェンデ大統領は降伏を拒否して宮殿内で命を落とし、憲政体制は停止されました。

その後の影響

クーデターの結果、ピノチェトを首班とする軍事政権が樹立されました。軍事政権は、左派勢力や反体制派に対する激しい弾圧を行い、多くの市民が拘束、拷問、処刑、あるいは行方不明(強制失踪)となりました。また、新自由主義的な経済政策(シカゴ・ボーイズによる改革)が導入されるなど、チリの政治・経済・社会構造は大きく変容しました。ピノチェトの独裁体制は1990年まで続き、チリの人権問題や民主化の過程における大きな歴史的傷跡を残しました。

ポイント

  • 1973年9月12日にチリで軍事クーデターが発生した。
  • サルバドール・アジェンデ大統領が死亡し、民主政権が崩壊した。
  • アウグスト・ピノチェト陸軍司令官らが実権を握り、軍事独裁政権を樹立した。