歴史・9月6日
アメリカ合衆国でマッキンリー大統領が銃撃される
1901年9月6日、アメリカ合衆国第25代大統領ウィリアム・マッキンリーが、ニューヨーク州バッファローで開催されていたパン・アメリカン博覧会の会場で銃撃されました。マッキンリー大統領は数日後に銃撃が原因で死亡し、当時の副大統領であったセオドア・ルーズベルトが急遽大統領に昇格することになりました。
事件の発生
1901年9月6日、バッファローの音楽堂(テンプル・オブ・ミュージック)で一般市民の歓迎を受けて握手を交わしていたウィリアム・マッキンリー大統領は、列に並んでいた無政府主義者のレオン・チョルゴシュによって至近距離から2発の銃弾を受けました。1発はかすり傷でしたが、もう1発は腹部を貫通し、胃や腎臓を損傷する重傷となりました。
大統領の死とその後
当初は回復に向かうと見られていましたが、銃創の壊死による感染症が悪化し、大統領は同年9月14日に急死しました。犯人のレオン・チョルゴシュは現場で取り押さえられ、のちに死刑判決を受けて処刑されました。この事件を受けて、アメリカ大統領の警護を担当していたシークレットサービス(秘密勤務局)の役割が正式に拡大・強化される契機となりました。
ポイント
- 事件発生日は1901年9月6日である。
- 被害者はアメリカ合衆国第25代大統領ウィリアム・マッキンリーである。
- 犯人は無政府主義者のレオン・チョルゴシュである。
- マッキンリー大統領は銃撃を受けた数日後の9月14日に死亡した。
- 事件後、セオドア・ルーズベルトが第26代大統領に就任した。