歴史・9月3日
ソ連共産党中央委員会総会でニキータ・フルシチョフが第一書記に就任
1953年9月3日、ソ連共産党中央委員会総会において、ニキータ・フルシチョフが党中央委員会第一書記に選出されました。ヨシフ・スターリンの死後に始まった権力闘争の中で、フルシチョフが党内の主導権を握る重要な転換点となった出来事です。
第一書記就任の経緯
1953年3月にヨシフ・スターリンが死去した後、ソビエト連邦では集団指導体制が敷かれましたが、実質的な権力を巡る争いが発生しました。同年9月3日に開催されたソ連共産党中央委員会総会において、ニキータ・フルシチョフが党の 実質的なトップである第一書記に就任しました。これにより、ゲオルギー・マレンコフらとの権力闘争においてフルシチョフが優位に立つこととなりました。
その後の影響
第一書記に就任したフルシチョフは、その後の権力基盤を固め、1956年の第20回ソ連共産党大会ではスターリン批判を行いました。これはソ連国内および世界の共産主義体制に大きな衝撃を与え、雪解けと呼ばれる体制の緩和や政策転換へとつながっていきました。
ポイント
- 1953年9月3日にソ連共産党中央委員会総会が開催された。
- ニキータ・フルシチョフがソ連共産党中央委員会第一書記に就任した。
- スターリンの死後の権力闘争の過程における重要な出来事である。