歴史・8月24日
聖バーソロミューの虐殺が起きた日
1572年8月24日、フランスの宗教戦争であるユグノー戦争の最中に「聖バーソロミューの虐殺」が発生しました。パリを中心にカトリック過激派が多数のユグノー(フランス・カルヴァン派のプロテスタント)を殺害した事件であり、フランス国内およびヨーロッパ全体の宗教対立を決定的に激化させました。
事件の背景
16世紀後半のフランスでは、カトリックとプロテスタント(ユグノー)の間で激しい内乱(ユグノー戦争)が続いていました。事件の直前である1572年8月18日、関係修復を図るため、カトリックの国王シャルル9世の妹マルグリットと、ユグノー側の指導者であるナバラ王アンリ(後のアンリ4世)との結婚式がパリで挙げられ、多数のユグノー貴族がパリに集結していました。
虐殺の経緯と展開
結婚式から数日後の8月22日、ユグノーの有力指導者であるコリニー将軍が何者かによって狙撃され負傷しました。これをきっかけに緊張が高まり、国王や母カトリーヌ・ド・メディシスらはユグノー指導者層の排除を決定しました。聖バーソロミューの祝日である8月24日の早朝、パリにおいてユグノー指導者たちの殺害が実行され、これが合図となってパリ市内およびその後の数週間にわたって地方都市にも暴動と虐殺が拡大しました。
その後の影響
この虐殺により、フランス国内のユグノー勢力は大きな打撃を受け、多くの人々が命を落としたり国外へ亡命したりしました。ユグノー戦争はさらに激化し、フランスの宗教的・政治的分断は長期化することになりました。
ポイント
- 1572年8月24日に発生した。
- フランスのユグノー戦争中に起きたカトリックによるプロテスタント虐殺事件である。
- ナバラ王アンリとマルグリットの婚礼の最中に引き起こされた。