歴史・8月18日
関ヶ原の戦いの前哨戦・伏見城の戦いが終結
慶長5年8月18日(1600年10月4日)、関ヶ原の戦いの前哨戦である伏見城の戦いが終結しました。鳥居元忠が守る伏見城が西軍の猛攻の末に落城し、徳川家康の関東からの進軍路を切り開く重要な契機となりました。
伏見城の戦いの経緯
会津征伐に向かった徳川家康の後方拠点として、伏見城には鳥居元忠がわずかな兵とともに残されました。石田三成ら西軍が決起すると、毛利秀元や宇喜多秀家らを主力とする大軍が伏見城を包围しました。鳥居元忠らはよく防戦しましたが、圧倒的な兵力差の前に同年8月18日に落城しました。
その後の影響
伏見城の攻防戦で西軍に多くの時間を費やさせたことにより、徳川家康は東軍諸侯を率いて東海道を引き返す時間を稼ぐことができました。鳥居元忠をはじめとする守備隊の玉砕は、その後の関ヶ原の本戦における東軍の勝利への重要な布石となりました。
ポイント
- 伏見城の戦いは関ヶ原の戦いの前哨戦として知られています。
- 徳川方の忠臣・鳥居元忠が守備を務めました。
- 落城日は慶長5年8月18日(西暦1600年10月4日)です。