歴史・8月10日
第二次世界大戦で日本政府がポツダム宣言受諾を打診
8月10日は、第二次世界大戦末期の1945年、日本政府が中立国のスイスとスウェーデンを通じて、連合国側へポツダム宣言受諾を打診した日です。これにより、太平洋戦争は終戦へ向けた大きな転換点を迎えました。日本は国体の護持を条件として受諾を申し入れました。
ポツダム宣言受諾打診の経緯
1945年7月末、米英中などの連合国首脳によってポツダム宣言が発表され、日本軍の無条件降伏が要求されました。日本政府・最高戦争指導会議では当初、宣言への対応をめぐって意見が分かれていましたが、広島と長崎への原子爆弾投下や、ソ連の参戦という事態を受け、日本政府は8月10日にスイスおよびスウェーデン大使館を通じて、連合国側に対してポツダム宣言を受諾する旨の通告を行いました。
受諾の条件と終戦への影響
日本政府が送信した受諾の通告には、「天皇の国家統治の大権を更改しないこと(国体の護持)」を了解することを条件とするという留め金がつけられていました。これに対する連合国側の回答(バーンズ回答)を経て、8月14日に御前会議で受諾が決定され、翌8月15日に玉音放送を通じて国民に敗戦と終戦が伝えられました。
ポイント
- 1945年8月10日に日本政府がポツダム宣言受諾を打診した。
- 中立国であるスイスとスウェーデンを通じて連合国側へ通告が行われた。
- 「国体の護持」を条件としての受諾打であった。