歴史・8月8日
南アフリカでアパルトヘイトに反対するデモが弾圧される
8月8日は、歴史上においてアパルトヘイト(人種隔離政策)に関連する弾圧事件や抗議行動が起きた日として言及されることがあります。南アフリカにおける人種差別政策の撤廃を求める動きと、それに対する当局の弾圧は、長年にわたり国内外で大きな問題となりました。ここでは南アフリカのアパルトヘイト体制とその歴史的背景について解説します。
アパルトヘイト政策の背景
南アフリカ共和国では、1948年の政権交代以降、白人少数支配を維持するために本格的な人種隔離政策(アパルトヘイト)が制度化されました。これにより、人口の大部分を占める非白人(黒人、カラード、アジア系)に対して居住区の制限、移動の自由の剥奪、参政権の否認など、あらゆる面で厳しい差別と弾圧が行われました。
反対運動と国際的な影響
アパルトヘイトに対しては、国内の「アフリカ民族会議(ANC)」などを中心に非暴力の抵抗運動から武装闘争まで、様々な反対運動が展開されました。国際社会からも人道上の観点から強い非難を受け、経済制裁やスポーツの国際大会からの締め出しなどの措置が取られました。長年の闘争と国際的な圧力の結果、1990年前後から体制の解体が進み、1994年には全人種参加による初の民主的な選挙が実施されました。
ポイント
- 南アフリカのアパルトヘイトは1948年に本格的に制度化された。
- 非白人に対する人種差別と隔離政策に対し、国内外から強い反対運動が起きた。
- 1994年の全人種選挙によりアパルトヘイト体制は終焉を迎えた。