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歴史・8月2日

織田信長が朝倉義景を討伐するため小谷城に向けて出陣(刀根坂の戦い)

天正元年8月2日(1573年9月7日)、織田信長は朝倉義景を討伐するため、近江国へ向けて出陣しました。この軍事行動の中で、朝倉軍との間に激戦である刀根坂の戦いが発生し、その後の朝倉氏滅亡へと繋がる重要な転換点となりました。

出陣と刀根坂の戦い

織田信長は、北近江の小谷城に籠る浅井長政を攻めていましたが、浅井氏を支援するため背後から朝倉義景が軍を率いて出陣しました。信長は一時これを警戒して撤退の構えを見せましたが、同年8月2日(ユリウス暦換算等では諸説あり)、形勢を立て直して反転攻勢に出ました。朝倉軍は撤退を余儀なくされ、現在の福井県敦賀市付近にあたる刀根坂で織田軍の猛追を受け、大敗を喫しました。

歴史的影響

刀根坂の戦いにおける大敗により、朝倉軍の戦力は壊滅的な打撃を受けました。朝倉義景は本拠地である越前国の一乗谷へと逃れるものの、織田軍の追撃は止まらず、結果として一乗谷は焼き討ちに遭い、朝倉氏は滅亡へと追い込まれました。この勝利により、信長は畿内および北陸方面における最大の懸念事項の一つを排除することに成功しました。

ポイント

  • 織田信長が朝倉義景討伐のため出陣した日は天正元年8月2日である。
  • この一連の軍事行動の中で刀根坂の戦いが発生した。
  • 朝倉氏はこの戦いの敗北を契機に滅亡へと向かった。