歴史・7月27日
第一次世界大戦:サラエボ事件を受けてオーストリア・ハンガリーがセルビアに宣戦布告
1914年7月27日、オーストリア・ハンガリー帝国がセルビアに対して宣戦布告を行いました。これは同年6月に起きたサラエボ事件を直接の引き金としており、世界各国を巻き込む第一次世界大戦の本格的な幕開けとなりました。
サラエボ事件と宣戦布告への経緯
1914年6月28日、オーストリア・ハンガリー帝国の皇位継承者夫妻がボスニアの首都サラエボで、セルビア人ナショナリストの青年によって暗殺される「サラエボ事件」が発生しました。オーストリア・ハンガリーはこれをセルビアの関与によるものと断定し、同年7月23日にセルビアに対して極めて厳しい内容の最後通牒を突きつけました。セルビアがその一部を受け入れなかったため、オーストリア・ハンガリーは7月27日に宣戦布告を発令しました。
第一次世界大戦への拡大とその影響
オーストリア・ハンガリーによるセルビアへの宣戦布告を契機として、ヨーロッパ各国の同盟関係が連鎖的に作動しました。セルビアを支援するロシアが動員を開始すると、ドイツがロシアとフランスに宣戦布告し、さらにイギリスも参戦するなど、ヨーロッパの主要国が同盟関係に基づいて次々と敵味方に分かれて交戦状態に突入しました。これにより、局地的な紛争であった両国間の対立は、世界規模の戦争である第一次世界大戦へと拡大しました。
ポイント
- 1914年7月27日にオーストリア・ハンガリーがセルビアへ宣戦布告した。
- 同年6月28日に発生したサラエボ事件が直接の引き金となった。
- この宣戦布告を契機として、ヨーロッパの同盟関係が連鎖し第一次世界大戦へと発展した。