歴史・7月25日
キューバのフィデル・カストロらがモンカダ兵営を襲撃しキューバ革命の端緒となる
1953年7月25日(実際には翌7月26日未明)、フィデル・カストロらがサンティアゴ・デ・クーバのモンカダ兵営を襲撃しました。この事件は失敗に終わりましたが、キューバ革命の端緒となり、後にカストロ率いる「7月26日運動」の由来となりました。
モンカダ兵営襲撃事件の概要
1953年7月26日、フィデル・カストロ率いる若者や労働者らの武装グループが、キューバ東部のサンティアゴ・デ・クーバにあるモンカダ兵営を襲撃しました。フルヘンシオ・バティスタ独裁政権を打倒するための武装蜂起でしたが、兵力の差などから鎮圧され、多くの参加者が殺害されるか逮捕されました。
裁判と「歴史は私に無罪を言い渡すだろう」
逮捕されたフィデル・カストロは裁判で弁護士としての知識を生かし、自身の政治的正当性と独裁政権の違法性を訴えました。この時の最終陳述である「歴史は私に無罪を言い渡すだろう」という言葉は、後の革命運動のスローガンとなりました。カストロは一旦禁錮刑に処されましたが、後に特赦により釈放され、メキシコで亡命生活を送りながら革命の準備を続けました。
キューバ革命への影響
この襲撃事件で結成された地下組織は後に「7月26日運動」と名付けられ、キューバ革命の原動力となりました。1956年のグランマ号上陸を経てゲリラ戦を展開したカストロらは、1959年にバティスタ政権を打倒し、キューバ革命を成功させました。
ポイント
- 1953年7月26日未明(計画・実行日)にモンカダ兵営が襲撃された。
- フィデル・カストロが率いた武装蜂起であった。
- 事件は軍事的には失敗したが、キューバ革命の出発点となった。
- 「7月26日運動」の名称の由来となった。