歴史・7月22日
モンゴル人民革命党がクーデターを起こし実権を掌握(1921年)
1921年7月22日、モンゴルにおいてモンゴル人民革命党が中心となった義勇軍が、親日・反共の白衛軍や中国軍を駆逐して首都庫倫(ウランバートル)を占領しました。これにより同党は実権を掌握し、後のモンゴル人民共和国の樹立へとつながる重要な転換点となりました。
事件の経緯
20世紀初頭のモンゴルは、外モンゴル独立を達成したものの、中国(中華民国)の占領政策やロシア内戦の混乱に巻き込まれていました。ダムディン・スフバートルやホーロージョン・チョイバルサンらが指導するモンゴル人民革命党は、ソビエト・ロシアの支援を受けつつ革命運動を展開しました。1921年7月、ボグド・ハーンを立憲君主とする有限的な新政府の樹立を経て、実権は事実上モンゴル人民革命党と革命勢力の手に握られることとなりました。
その後の影響
このクーデターおよび一連の革命運動により、モンゴルは事実上の独立を固めました。1924年にボグド・ハーンが死去した後、同年11月にモンゴル人民共和国が宣言され、世界で2番目の社会主義国家が誕生することになります。ソビエト連邦との緊密な同盟関係のもと、近代化と体制の確立が進められていきました。
ポイント
- 発生日は1921年7月22日である。
- モンゴル人民革命党が実権を掌握した。
- 後のモンゴル人民共和国成立の基礎となった。