歴史・7月22日
ナポレオンがサラマンカの戦いで敗北(1812年)
1812年7月22日、スペイン独立戦争中のサラマンカの戦いにおいて、アルトゥール・ウェルズリー(のちの初代ウェリントン公爵)率いるイギリス・ポルトガル連合軍が、オーギュスト・マルモン元帥率いるフランス軍を撃破しました。この戦いはナポレオン戦争における重要な転換点の一つとなり、フランス軍のイベリア半島における優位が揺らぐ契機となりました。
サラマンカの戦いの経緯
1812年7月22日、スペインのサラマンカ近郊において、イギリス・ポルトガル連合軍とフランス軍が衝突しました。フランス軍の指揮官マルモンは連合軍の側面を突こうと陣形を移動させましたが、その動きの隙をウェルズリー率いる連合軍が鋭く突撃し、フランス軍の戦線を分断することに成功しました。この巧みな機動戦により、フランス軍は大きな損害を受けて敗走を余儀なくされました。
歴史的背景とその後の影響
当時、ナポレオン・ボナパルトはヨーロッパ大陸の大部分を勢力下に置いていましたが、スペインでは民衆蜂起やイギリス軍の介入による「スペイン独立戦争」が続いていました。サラマンカでの敗北により、フランス軍はマドリードの一時的な放棄を余儀なくされ、イベリア半島におけるナポレオンの支配体制に大きな打撃を与えました。この勝利は連合軍にとって大きな士気高揚となり、その後の反撃の足場となりました。
ポイント
- 発生年月日:1812年7月22日
- 場所:スペイン・サラマンカ近郊
- 主要人物:アルトゥール・ウェルズリー(ウェリントン公爵)、オーギュスト・マルモン
- 結果:イギリス・ポルトガル連合軍の勝利