歴史・7月21日
オスマン帝国とロシア帝国間でキュチュク・カイナルジ条約が締結された日
7月21日は、オスマン帝国とロシア帝国間でキュチュク・カイナルジ条約が締結された日です。この条約は長年にわたる露土戦争の講和条約として結ばれ、両国の勢力図に大きな変化をもたらしました。ロシアの南下政策において重要な転換点となった歴史的事件です。
キュチュク・カイナルジ条約締結の背景
18世紀後半、オスマン帝国とロシア帝国の間で激しい戦争が繰り広げられました。この戦争においてロシア帝国が優勢に立ち、その結果として講和条約が結ばれることになりました。締結された場所は現在のブルガリア国内にあたるキュチュク・カイナルジです。
条約の内容とその後の影響
この条約により、クリミア・ハン国の独立が承認され、事実上ロシアの勢力下に組み込まれる端緒となりました。また、ロシア商船の黒海およびオスマン帝国領内の航行権が認められたほか、ロシアがオスマン帝国領内のキリスト教徒を保護する権利を獲得するなど、ロシアの南下政策を大きく前進させる内容となりました。オスマン帝国にとっては、近代以降の衰退を決定づける契機の一つとなりました。
ポイント
- 7月21日はオスマン帝国とロシア帝国間でキュチュク・カイナルジ条約が締結された日である。
- クリミア・ハン国の独立承認やロシアの航行権獲得などが取り決められた。