歴史・7月9日
ハワイ王国で白人系勢力によるクーデター「ベイヨネット憲法」強制採択の日
7月9日は、1887年にハワイ王国で白人系勢力(ハパ・ハオレや外国系住民を中心とする武装勢力)がカラカウア王に圧力をかけ、王権を大幅に制限する新憲法(通称ベイヨネット憲法)を強制的に採択させた日です。このクーデターにより、ハワイ王国の政治体制とネイティブ・ハワイアンの権利は大きく揺らぐことになりました。後年のハワイ王国滅亡へとつながる重大な転換点となった歴史的事件です。
ベイヨネット憲法強制採択の経緯
1887年7月、ハワイ王国の砂糖プランテーション経営者や実業家らを中心とする白人系勢力(ハワイン・リーグ)は、カラカウア王に対して武力を背景に退陣または権限縮小を迫りました。彼らは銃剣(ベイヨネット)の威力を背景に国王に新憲法への署名を強制したため、この憲法は通称「ベイヨネット憲法(銃剣憲法)」と呼ばれています。
新憲法の内容と王権の制限
ベイヨネット憲法は、ハワイ国王の権力を大幅に制限し、事実上の内閣責任制を導入しました。また、それまで国王が任命していた貴族院議員を公選制に変更するとともに、投票権を持つ住民の要件を厳格化しました。これにより、多くのネイティブ・ハワイアンやアジア系移民の参政権が制限される一方で、アメリカ系を中心とする白人富裕層が政治的実権を掌握する構造が作られました。
その後の影響と歴史的意義
このクーデターと憲法の強制採択は、ハワイ王国におけるネイティブ・ハワイアンの政治的主導権を奪う決定打となりました。カラカウア王の死後に即位したリリウオカラニ女王は王権の回復を試みましたが、白人勢力との対立の末に1893年の王国転覆(クーデター)へと至り、最終的にハワイはアメリカ合衆国へ併合されることになります。
ポイント
- 1887年7月9日にハワイ王国で発生したクーデターおよび憲法強制採択事件である。
- 銃剣(ベイヨネット)の脅迫の下で署名させられたため「ベイヨネット憲法」と呼ばれる。
- 国王カラカウアの権限が大きく削られ、白人系移民を中心とする勢力が政治の実権を握った。
- ネイティブ・ハワイアンやアジア系住民の参政権が制限される結果となった。