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歴史・7月8日

ペリーが黒船で浦賀に来航

1853年7月8日(嘉永6年6月3日)、アメリカ東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーが率いる艦隊が相州浦賀沖に来航しました。いわゆる「黒船来航」であり、日本の近代史における大きな転換点となった事件です。この来航により、日本は長年の鎖国政策からの開国を迫られることになりました。

浦賀沖への来航と要求

1853年7月8日、アメリカ海軍の軍艦4隻(蒸気船2隻を含む)が江戸湾の浦賀沖に現れました。艦隊を率いていたマシュー・ペリーは、アメリカ大統領の国書を日本政府に手渡し、開国と通商を求めました。黒い船体に不気味な黒煙を上げる蒸気船の姿は、当時の日本社会に大きな衝撃を与えました。

当時の背景と日本の対応

当時、アメリカは太平洋を横断する中国貿易の拠点として、また捕鯨船の寄港地・補給地として日本の開国を強く望んでいました。幕府は突然の来航と武力を背景とした要求に対し、国書の受領と翌年の返答を約束することしかできず、ペリー艦隊はいったん江戸湾を去りました。

その後の影響

ペリーの来航は、翌1854年の日米和親条約の締結につながり、日本の鎖国体制は終焉を迎えました。開国をめぐる国内の混乱は幕末の動乱を引き起こし、最終的に江戸幕府の崩壊と明治維新へとつながる歴史的な契機となりました。

ポイント

  • 発生年月日:1853年7月8日(旧暦:嘉永6年6月3日)
  • 場所:相模国浦賀(現在の神奈川県横須賀市)
  • 人物:マシュー・ペリー(アメリカ東インド艦隊司令長官)
  • 艦隊:いわゆる「黒船」と呼ばれる軍艦4隻(サスケハナ、ミシシッピ、サラトガ、プリマス)