歴史・7月6日
ダライ・ラマ14世がインドで亡命生活を開始
1959年7月6日、チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世が、インド北部のダラムサラに到着し、事実上の亡命生活を開始しました。これは1959年のチベット動乱に伴うものであり、以後ダラムサラはチベット亡命政府の拠点となりました。
亡命の背景
1950年代に入り、中国によるチベット統治が強化される中、チベット国内では中国に対する反発が高まりました。1959年3月にラサで発生した大規模な抗議運動(チベット動乱)が中国当局によって鎮圧されると、ダライ・ラマ14世は身の危険を避けてヒマラヤ山脈を越え、インドへと脱出しました。
その後の影響とダラムサラ
インド政府はダライ・ラマ14世の亡命を受け入れ、ヒマラヤ山脈南麓の街ダラムサラに亡命政府(チベット中央政権)の設立を許可しました。ダラムサラは「小ラサ」とも呼ばれ、世界各地から亡命したチベット人たちがコミュニティを形成し、チベットの文化や宗教、言語を継承・発信する中心地となっています。
ポイント
- ダライ・ラマ14世は1959年にインドへ亡命した。
- 亡命先のインド・ダラムサラにチベット亡命政府が置かれた。
- この出来事は1959年のチベット動乱が直接のきっかけとなった。