歴史・6月19日
イギリスでマグナ・カルタ(大憲章)がジョン王によって承認される
1215年6月19日(建保3年5月12日)、イギリス国王ジョンが貴族たちの要求に屈し、マグナ・カルタ(大憲章)を承認しました。王権を制限し、法の支配の基礎を築いた文書として、のちの近代憲法や民主主義に多大な影響を与えた歴史的な出来事です。
マグナ・カルタ承認の背景
13世紀初頭、イギリス国王ジョンは失政や度重なる重税、フランスとの戦争での敗北などにより、国内の貴族や聖職者との間で深刻な対立を引き起こしていました。王の専制的な支配に不満を募らせた貴族たちは武力蜂起の構えを見せ、ジョン王は妥協を余儀なくされました。1215年6月、テムズ川河畔のラニミードにおいて、王と貴族の間で合意が形成され、承認されたのがマグナ・カルタです。
大憲章の内容と歴史的影響
マグナ・カルタは全63か条からなり、国王といえども法に従うべきであるという「法の支配」の原則を打ち出しました。王による恣意的な逮捕や課税の制限、教会やロンドン市民の特権の確認などが定められています。当時は国王と貴族の間合意文書としての性格が強かったものの、のちの時代を通じて解釈が広げられ、立憲君主制や人権宣言、近代憲法原理の原点として世界史上に高く評価されるようになりました。
ポイント
- マグナ・カルタが承認されたのは1215年6月19日である。
- 承認したイギリス国王はジョンである。
- 場所はロンドン近郊のラニミードである。
- 「法の支配」や近代憲法主義の出発点とされる。