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歴史・6月17日

豊臣秀吉が朝鮮出兵(文禄の役)で京城(ソウル)に入城

文禄元年6月17日(1592年7月25日)、豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄の役)において、日本軍が朝鮮の首都である京城(現在のソウル)に入城しました。開戦からわずか数ヶ月足らずでの王都陥落は、朝鮮王朝に大きな衝撃を与えました。

文禄の役と京城の陥落

1592年(文禄元年)に始まった豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)において、日本軍は圧倒的な軍事力をもって渡海し、上陸後急速に北上しました。小西行長や加藤清正らの諸隊は各地の戦闘で勝利を重ね、同年6月17日(旧暦)には朝鮮の首都である京城に入城を果たしました。すでに朝鮮国王の宣祖は北方の義州へと避難しており、王都は事実上の無血に近い形で制圧されました。

その後の影響

京城の陥落により、日本軍は朝鮮半島の中心部を抑えたものの、制海権を巡る戦いでの敗北や、現地民による義兵の蜂起、さらにのちの明軍の参戦などにより、戦局は次第に膠着状態となっていきました。結果として長期戦の様相を呈し、文禄・慶長の役は豊臣政権にとって大きな負担を残すことになりました。

ポイント

  • 日付は旧暦の文禄元年6月17日(ユリウス暦換算では1592年7月25日)にあたります。
  • 豊臣秀吉による朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の初期における重大な軍事行動の一つです。
  • 京城(ソウル)の陥落により、朝鮮国王宣祖は都を離れて北へ逃れることとなりました。