歴史・6月15日
イギリスでマグナ・カルタ(大憲章)が制定・承認
6月15日は、1215年にイギリスで「マグナ・カルタ(大憲章)」が制定・承認された日です。国王の権力を制限し、のちの立憲君主制や法治主義の基礎となった歴史的な文書として知られています。王権と諸侯の対立を背景に生まれ、近代人権宣言の源流の一つとしても高く評価されています。
マグナ・カルタ制定の背景
13世紀初頭のイギリス国王ジョンは、度重なるフランスとの戦争の失敗や重税の賦課、教会との対立などにより、国内の貴族(諸侯)や聖職者から強い不満を持たれていました。王の専制的な支配に対して諸侯らが反発し、武力衝突寸前の緊迫した状況の中、王に要求を突きつけて認めさせたのがマグナ・カルタです。
大憲章の内容と基本原則
1215年6月15日、ジョン王はラニミードにおいて、貴族たちの要求文書に王室の大印章を押しました。全63条からなるこの文書には、国王であっても法律に従わなければならないという「法の支配」の原則や、王といえども勝手に課税できないこと、そして何者も適正な法律手続きによらずに逮捕・投獄されないという身柄の安全保障などが規定されました。
歴史的影響と現代へのつながり
制定当初のマグナ・カルタは、実質的には国王と特権階級である貴族との間の権利関係を確認したものでした。しかし、時代が下るにつれてその解釈は広がり、のちのイギリス議会政治の発展や、人権保障の基本理念に大きな影響を与えました。アメリカ憲法や世界人権宣言の思想的源流としても、法治主義の象徴として世界史に深く刻まれています。
ポイント
- 1215年6月15日にイギリスで制定・承認されました。
- ジョン王が貴族たちの圧力に屈する形で署名・押印しました。
- 「国王も法律の下にある」という法の支配の原則を示した原点とされています。