歴史・6月9日
天安門事件後、中国人民解放軍による戒厳令下の北京統制強化
6月9日は、1989年の天安門事件に関連して中国人民解放軍による戒厳令下の北京統制がさらに強化された日です。前日の6月8日には北京市政府や戒厳部隊指揮部が「反革命暴乱」の平定を宣言するなど、首都における軍の支配体制が固められていきました。ここでは、当時の戒厳令下における北京の状況と統制強化の動きについて解説します。
天安門事件と戒厳令の背景
1989年4月中旬以降、北京の天安門広場を中心に民主化を求める学生や市民による大規模な抗議運動が発生しました。政府指導部との対立が深まる中、同年5月20日に北京市に戒厳令が敷かれ、軍隊が導入されました。そして6月4日未明にかけて軍による武力行使(いわゆる天安門事件)が行われ、多数の死傷者を出したと伝えられています。
統制の強化と戒厳令の継続
武力行使の後も、中国当局および人民解放軍は北京市内での統制を急速に強化しました。6月9日には、事態の収拾と「暴乱」鎮圧を強調する動きが続けられ、首都における軍の警戒態勢や市民への監視が厳しく維持されました。戒厳令はその後も長期間にわたって解除されず、首都の政治・社会的な統制が強く敷かれ続けることになりました。
ポイント
- 1989年5月20日に北京市へ戒厳令が発令された。
- 6月4日の武力行使の後も、軍による首都の統制強化が継続された。