歴史・6月8日
信長が桶狭間の戦いで今川義元を討つ
永禄3年5月19日(西暦1560年6月8日)、尾張国の戦国大名・織田信長が、少数の兵で今川義元の大軍を奇襲し、討ち取りました。日本の歴史上の転換点となった「桶狭間の戦い」として知られる出来事です。
桶狭間の戦いの概要
永禄3年(1560年)、駿河・遠江・三河を治める有力大名・今川義元は、大軍を率いて尾張国へ侵攻しました。圧倒的な兵力差があったとされる織田方ですが、当主の織田信長は本陣奇襲の作戦を立て、桶狭間(現在の愛知県名古屋市緑区・豊明市などにまたがる地域)の狭隘な地形にあった今川軍の本陣を急襲しました。この奇襲により今川義元は討ち取られ、今川軍は総崩れとなりました。
歴史的影響
この戦勝により、それまで周辺の小勢力に過ぎなかった織田信長の名は天下にとどろくことになりました。また、敗北した今川氏は急速に衰退し、その後、今川氏の人質であった徳川家康(当時は松平元康)が独立を果たすなど、戦国時代の勢力図を大きく塗り替える契機となりました。
ポイント
- 永禄3年5月19日(ユリウス暦1560年6月8日)に発生した。
- 織田信長が今川義元を討ち取った戦いである。
- 圧倒的な兵力差を覆した奇襲戦として有名である。