歴史・6月8日
フランスでルイ17世が死去
1795年6月8日、フランス革命期の混乱の中、タンプル塔に幽閉されていたルイ17世が10歳で死去しました。彼はルイ16世とマリー・アントワネットの次男であり、王党派からは国王として即位したとみなされていました。その死因や最期を巡っては、現在でも多くの謎が残されています。
ルイ17世の幽閉と死去
ルイ17世(本名ルイ=シャルル)は、フランス革命勃発後の1792年に両親らとともにタンプル塔に幽閉されました。1793年1月に父ルイ16世が処刑された後、王党派や亡命貴族の間では国王「ルイ17世」として即位したとみなされました。しかし、少年は過酷な環境下に置かれ、1795年6月8日に結核(またはリンパ節結核)によりタンプル塔内でその生涯を閉じました。
死を巡る謎とその後
公式には病死と発表されましたが、革命政府による虐待や毒殺説、あるいは秘密裏に別の場所へ逃避させられたという生存説など、多くの憶測や偽者が現れる原因となりました。19世紀以降、遺体から採取された心臓を用いたDNA鑑定などが行われ、2000年にタンプル塔で死亡した少年がマリー・アントワネットの息子(ルイ17世本人)であるという科学的な結論が出されています。
ポイント
- ルイ17世は1785年にヴェルサイユ宮殿で生まれました。
- フランス革命の最中、両親の死後にタンプル塔で孤立して育ちました。
- 1795年6月8日に10歳で死去しました。
- 2000年のDNA鑑定により、遺体の身元が科学的に特定されました。