歴史・6月3日
雲仙普賢岳で大火砕流が発生
1991年6月3日、長崎県の雲仙・普賢岳で大火砕流が発生し、多数の死者・行方不明者が出るなど日本の火山災害史上まれに見る甚大な被害をもたらしました。この災害は、火山活動の恐ろしさを社会に広く伝え、その後の日本の防災体制や避難体制に大きな影響を与えました。
大火砕流の発生
1991年(平成3年)6月3日午後4時8分ごろ、長崎県島原市の雲仙・普賢岳で大規模な火砕流が発生しました。前年の1990年11月に約200年ぶりの噴火活動を再開して以降、山頂部には溶岩ドームが形成されていましたが、これが崩落したことによって高温のガスや岩塊が猛烈な勢いで麓へと流れ下りました。
甚大な被害と社会的影響
この大火砕流により、報道関係者、警戒にあたっていた警察官や消防団員、火山学者、タクシー運転手、住民など、計43名が死亡・行方不明となりました。また、多くの家屋が全半壊するなどの大きな被害が発生しました。災害の深刻さを受けて政府や自治体は厳格な立ち入り規制を行い、住民の避難長期化に伴う対策など、その後の火山防災や減災のあり方に大きな教訓を残しました。
ポイント
- 発生日は1991年6月3日である。
- 死者・行方不明者数は43名に上った。
- 報道関係者や火山学者、警察官、消防団員なども犠牲となった。
- 雲仙・普賢岳は約200年ぶりに噴火活動を再開していた。