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歴史・6月3日

ペリー艦隊が2度目の来日(江戸湾羽田沖に到着)

1854年6月3日(安政元年5月8日)、前年に来航したマシュー・ペリー率いるアメリカ東インド艦隊(黒船)が江戸湾の羽田沖に再び到着しました。この2度目の来日は、前年の要求に対する返答を求めるものであり、最終的に日米和親条約の締結へとつながる歴史的な転換点となりました。

2度目の来日の経緯

アメリカ東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーは、日本への開国を要求するため、1853年7月に浦賀へ来航しました。幕府に対し国書を渡した後、返答を1年後に持ち越す形で一度日本を離れました。ペリーは約束通り1854年に再び日本近海に現れ、今回は前年よりも多い艦艇を率いて江戸湾の奥深く、羽田沖へと侵入しました。

その後の影響と歴史的意義

幕府は圧倒的な武力を背景としたアメリカ側の圧力に直面し、もはや鎖国体制を維持することが不可能であることを認識しました。交渉の結果、同年3月(旧暦)に日本側はアメリカの要求を受け入れ、神奈川(現在の横浜)において「日米和親条約」が調印されました。これにより、下田と箱館の開港が決定し、日本の約200年に及ぶ鎖国政策は終焉を迎え、近代的な外交関係の構築へと舵を切ることになりました。

ポイント

  • 1854年6月3日(安政元年5月8日)、ペリー艦隊が江戸湾羽田沖に到着した。
  • 前年の1853年来航に続く、2度目の日本来航である。
  • この来航と交渉の結果、日米和親条約の締結に至った。