社会・5月31日
パナマ運河の管理権がアメリカからパナマへ完全に移行(1999年の準備協定など)
5月31日は、パナマ運河に関する歴史的な動きや協定に関連する日として記憶されることがあります。パナマ運河は長年アメリカ合衆国によって管理されていましたが、20世紀後半の条約等を経て、最終的にパナマへ全面返還されることとなりました。ここでは運河管理権の移行に向けた経緯と歴史的背景について解説します。
パナマ運河の歴史的背景
パナマ運河は太平洋と大西洋を結ぶ要衝として、1914年に開通しました。長年にわたりアメリカ合衆国が運河地帯を含めて管理・運営を行っていましたが、パナマ国内では主権回復を求める声が高まっていました。
管理権移行への流れ
1977年にアメリカとパナマの間で新パナマ運河条約(トレイホス・カーター条約)が署名され、20世紀末までに運河の管理権をパナマへ段階的に移管することが取り決められました。これに向けた様々な準備や協定が長年にわたり進められ、1999年末の完全移行へとつながっていきました。
ポイント
- パナマ運河は太平洋と大西洋を結ぶ重要な海上交通路である。
- 1977年の条約締結を経て、アメリカからパナマへの運河管理権の移行が進められた。