歴史・5月23日
アイヒマンがイスラエル諜報特務庁によってアルゼンチンで拘束されたことが公表される(1960年)
1960年5月23日、イスラエル首相ダヴィド・ベン=グリオンが、ナチス・ドイツのホロコーストにおける中心人物の一人であるアドルフ・アイヒマンがイスラエル諜報特務庁(モサッド)によってアルゼンチンで拘束されたことを公表しました。この発表は世界中に大きな衝撃を与え、第二次世界大戦中の戦争犯罪に対する責任追及の歴史において重要な転換点となりました。
アイヒマン拘束の発表
1960年5月23日、イスラエルのベン=グリオン首相は国会(クネセト)において、ユダヤ人大量虐殺(ホロコースト)の実行責任者であるアドルフ・アイヒマンがイスラエルの治安機関によって発見され、拘束されてイスラエル国内にいることを正式に発表しました。アイヒマンは戦後、南米のアルゼンチンに潜伏していましたが、モサッドの極秘作戦によって捕らえられ、イスラエルへと連行されました。
歴史的背景とその後の影響
アドルフ・アイヒマンは親衛隊(SS)の中佐であり、占領地からのユダヤ人移送計画の責任者としてホロコーストを実務面で主導しました。戦後は偽名を使いアルゼンチンで生活していましたが、イスラエルによる執念の追跡により居所が特定されました。この拘束と、その後のイスラエル国内での裁判は、ナチス戦犯の罪を改めて世界に問い直す契機となり、国際法や戦争犯罪に対する法的・倫理的議論に大きな影響を与えました。
ポイント
- 発表日は1960年5月23日である。
- 発表を行ったのはイスラエルのダヴィド・ベン=グリオン首相である。
- 拘束を実行したのはイスラエル諜報特務庁(モサッド)である。
- アイヒマンはアルゼンチンで拘束された。