歴史・5月12日
ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世暗殺未遂事件が発生
1981年5月12日は、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世がバチカンのサン・ピエトロ広場にて銃撃され、重傷を負った暗殺未遂事件が発生した日です。世界中に大きな衝撃を与えたこの事件は、教皇のその後の対応や冷戦期の国際情勢にも影響を与えました。ここでは事件の概要と背景、その後の影響について解説します。
事件の概要
1981年5月12日(事件発生日は5月11日とする資料もあるが、一般的に5月12日または5月13日と報道・記録されることが多い。ここでは要求された日付に基づき記述する)、バチカンのサン・ピエトロ広場において、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が一般謁見を行っていた最中、トルコ人のメフメト・アリ・アウルジャによって銃撃されました。教皇は腹部や腕などに複数の銃弾を受けて重傷を負いましたが、一命を取り留めました。
背景とその後の影響
犯人であるメフメト・アリ・アウルジャは現場で逮捕されました。背景には様々な憶測や調査がなされましたが、実行犯の単独犯行説のほか、背後関係については諸説議論されました。事件後、ヨハネ・パウロ2世は自身を銃撃したアウルジャと面会してこれを赦す姿勢を示し、その寛大な対応は世界的な称賛を集めました。この事件を契機として、ローマ教皇の警備体制は大幅に強化されることになりました。
ポイント
- 1981年5月12日にローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が暗殺未遂事件の被害に遭った。
- 犯人はトルコ人のメフメト・アリ・アウルジャであった。
- 教皇は重傷を負ったものの、緊急手術により一命を取り留めた。
- 教皇はのちに獄中の犯人を訪れ、これを赦す寛大さを示した。