歴史・5月11日
インド大起義:デリーが蜂起軍の手に落ちる(1857年)
1857年5月11日、インド大起義(シパーヒーの乱)の過程で、インドの蜂起軍が首都デリーを占領しました。この出来事はイギリス東インド会社に対する大規模な反乱の決定的な転換点となり、インド全域に動揺を広げました。
デリー蜂起の経緯
1857年春、イギリス東インド会社に雇われていたインド人傭兵(シパーヒー)の間で不満が爆発し、各地で反乱が発生しました。同年5月11日、メーラットからデリーに進軍した蜂起軍は、イギリス軍を圧倒してデリーを制圧しました。蜂起軍は、ムガル帝国の衰退した皇帝バハードゥル・シャー2世を担ぎ上げ、イギリスに対する共同闘争の象徴としました。
歴史的影響
デリーの陥落は、イギリスのインド支配にとって最大の危機となりました。反乱は瞬く間に北インドや中央インドへ拡大し、激しい戦闘が繰り広げられました。最終的にイギリス軍は同年9月にデリーを奪還し、反乱は鎮圧されましたが、この大起義を契機としてイギリス政府は東インド会社による統治を廃止し、イギリス直轄植民地(バーラト)としての統治へと移行させることになりました。
ポイント
- 1857年5月11日にインドの蜂起軍がデリーを制圧した。
- 反乱軍はムガル帝国の皇帝バハードゥル・シャー2世を擁立した。
- この大起義の結果、イギリス東インド会社による統治が終わり、イギリス政府の直接統治へ移行した。