歴史・4月25日
スペイン内戦でゲルニカ爆撃が行われる
1937年4月25日、スペイン内戦において、フランコ将軍を支援するナチス・ドイツのコンドル軍団とイタリア空軍が、バスク地方の古都ゲルニカに対して無差別爆撃を行いました。この攻撃により市街地は壊滅し、多くの民間人が犠牲となりました。この悲劇はパブロ・ピカソの同名の絵画を通じて世界的に知られることとなりました。
ゲルニカ爆撃の概要
1937年4月25日の午後、バスク文化の象徴であったゲルニカは空爆を受けました。爆撃機による高角度からの爆弾投下と、それに続く機銃掃射によって市街地の大半が破壊され、炎上しました。死者数については諸説ありますが、民間人に多数の犠者が出たことは当時の国際社会に大きな衝撃を与えました。
歴史的背景と影響
スペイン内戦は、民主的に選ばれた左派の共和国政府と、フランシスコ・フランコ率いるファシスト寄りのナショナリスト軍との間で戦われました。ナショナリスト側を支援したドイツ空軍のコンドル軍団にとって、この爆撃は都市に対する無差別攻撃の実験的意味合いもあったとされています。この事件は、のちの第二次世界大戦における都市空爆の先例となり、戦争における民間人保護の重要性と悲惨さを象徴する出来事として歴史に刻まれました。また、画家パブロ・ピカソがこの事件に強く衝撃を受けて大作『ゲルニカ』を制作し、戦争の残酷さを告発する世界的シンボルとなりました。
ポイント
- 発生日は1937年4月25日である。
- 攻撃を行ったのはナチス・ドイツのコンドル軍団およびイタリア空軍である。
- 標的となったゲルニカはバスク地方の都市である。
- パブロ・ピカソがこの事件を題材に絵画『ゲルニカ』を制作した。