歴史・4月17日
カンボジアでポル・ポト率いるクメール・ルージュがプノンペンを制圧
1975年4月17日、カンボジアの共産主義武装勢力クメール・ルージュが首都プノンペンを制圧しました。これにより、同国の内戦が終結し、ポル・ポト政権による極端な社会改造政策へとつながる歴史的な転換点となりました。
プノンペン制圧の経緯
1970年代初頭から続いていたカンボジア内戦において、中国などの支援を受けたクメール・ルージュ勢力は勢力を拡大していました。1975年に入ると攻勢を強め、同年4月17日に首都プノンペンを制圧しました。当時のロン・ノル政権は崩壊し、クメール・ルージュが実権を掌握しました。
その後の影響
プノンペンを制圧したクメール・ルージュは「民主カンプチア」の成立を宣言しました。ポル・ポト最高指導者らは都市住民の強制農村移動や貨幣・私有財産の廃止といった極端な共産化政策を推し進め、その過程で多数の国民が犠牲となる悲劇的な時代をもたらしました。
ポイント
- 発生日は1975年4月17日である。
- クメール・ルージュが首都プノンペンを制圧した日である。
- ポル・ポト率いる勢力が実権を掌握する契機となった。