歴史・4月13日
ソ連と日本が日ソ中立条約を締結
4月13日は、1941年にソビエト連邦と日本が「日ソ中立条約」を締結した日です。この条約により、両国間での不可侵と中立の義務が取り決められました。第二次世界大戦中の国際情勢に大きな影響を与えた歴史的な出来事です。
日ソ中立条約の締結
1941年4月13日、モスクワにおいて日本とソ連の間で「日ソ中立条約」が調印されました。当時の日本の外務大臣であった松岡洋右と、ソ連の外務人民委員モロトフの間で署名が行われました。同時に、ソ連邦は日本の「満洲国」の領土保全と不可侵を、日本はソ連邦の「モンゴル人民共和国」の領土保全と不可侵をそれぞれ尊重する共同宣言も出されました。
歴史的背景と影響
当時、ヨーロッパでは第二次世界大戦が激化しており、日本は日独伊三国同盟を結んでいました。日本とソ連は、1939年のノモンハン事件などで軍事的な衝突を経験していましたが、ドイツの動向や互いの国境線の安全確保という思惑が一致し、条約締結に至りました。これにより日本は北方の安全を確保し、南進政策に注力することが可能となりましたが、のちに戦局の変化に伴ってソ連が条約を一方的に破棄し、1945年8月に日本へ宣戦布告することになります。
ポイント
- 1941年4月13日にモスクワで締結された。
- 日本の外務大臣・松岡洋右とソ連の外務人民委員・モロトフが署名した。
- 両国間の不可侵と、満洲国・モンゴル人民共和国の領土保全に関する共同宣言が同時に出された。