歴史・4月12日
野口英夫が黄熱病研究のためアフリカ・アクラで死去
1928年4月12日、細菌学者の野口英世が、黄熱病の研究地であったアフリカのアクラ(現ガーナ)にて、同病に感染して客死しました。世界的な業績を挙げた科学者の突然の死は、国内外に大きな衝撃を与えました。
アフリカでの黄熱病研究と最期
野口英世は、黄熱病の病原体を突き止めるため、1927年にアフリカへ渡りました。アクラにある英国西アフリカ医学研究所を拠点として研究に没頭しましたが、翌1928年3月下旬に黄熱病に感染し、同年4月12日に現地で亡くなりました。
その後の影響と評価
野口の死後、彼が黄熱病の病原体として発表したものが実はウイルスではなく別の微生物であったことなどから、研究成果については後に見直しがなされました。しかし、伝染病克服に向けて命を捧げたその献身的な姿勢と数々の業績は、現在でも世界的な科学者として高く評価されています。
ポイント
- 野口英世は1928年4月12日にアフリカのアクラで死去した。
- 死因は現地で研究対象としていた黄熱病への感染であった。
- 享年51歳だった。