歴史・4月5日
源平の屋島の戦いが起きた日
4月5日は、平安時代末期の寿永4年(元暦2年)3月22日に、源平合戦の主要な戦いの一つである「屋島の戦い」が起きた日です。源義経が率いる源氏軍が、四国・屋島に陣取る平氏軍を奇襲し、勝利を収めました。この戦いは源氏の優位を決定づけ、のちの壇ノ浦の戦いへとつながる重要な転換点となりました。
屋島の戦いの経緯
寿永4年(1185年)3月、源義経は少数の軍勢を率いて、荒天の中を通常数日かかるところをわずか一日足らずで四国へ渡りました。義経は鵯越の逆落としと同様の奇策を用い、背後の後戸から平氏の本陣へ火を放ちながら攻め込みました。不意を突かれた平氏は、海上へ船を出すよりほかにありませんでした。
歴史的影響と背景
陸上戦を想定していた平氏は海上からの攻撃に対処できず、源氏の奇襲によって大混乱に陥りました。この戦いでは「那須与一による扇の的の的射」などの有名なエピソードも伝わっています。屋島を追われた平氏は西へ敗走し、最終的に壇ノ浦の戦いでの滅亡へと向かうことになりました。
ポイント
- 源平合戦(治承・寿永の乱)における主要な合戦の一つである。
- 源義経の優れた戦術眼と機動力が発揮された戦いとして知られる。