歴史・4月5日
中国で周恩来の追悼をきっかけとする第一次天安門事件が発生した日
1976年4月5日、中国・北京の天安門広場において、同年1月に亡くなった周恩来首相を追悼する市民の集まりが大規模な政治的抗議行動へと発展しました。これが「第一次天安門事件」です。当時の政治情勢に対する民衆の不満が爆発した歴史的な事件であり、後の中国政治に大きな影響を与えました。
事件の背景
1976年1月、中華人民共和国の建国以来要職にあった周恩来が死去しました。国民の間で人望の厚かった周恩来の死を悼み、同年4月の清明節の時期に合わせて、多くの市民が北京の天安門広場に集まり、花輪を捧げて追悼の意を示しました。しかし、この追悼行動は次第に、当時の権力闘争の中心にあった「四人組」などの極左派に対する批判や、文化大革命に対する不満を表明する場へと変化していきました。
事件の経過
4月5日、数日来天安門広場に集まっていた民衆に対し、当局は集会の禁止と広場の封鎖を命じました。これに反発した群衆と治安部隊との間で衝突が発生し、車両への放火や公安職員との乱闘に発展しました。政府側はこれを「反革命的な事件」と断定し、軍や警察力を用いて強制的に排除を行いました。
その後の影響
事件発生直後、この動きの首謀者とみなされた鄧小平はすべての役職から解任され、失脚に追い込まれました(後に復権)。第一次天安門事件は、公式には当時は厳しく弾圧され否定的に評価されましたが、その後の文化大革命の終焉と、民衆の政治意識の高まりを示す重要な転換点となりました。
ポイント
- 発生日は1976年4月5日である。
- 舞台となったのは北京の天安門広場である。
- 周恩来の追悼行事が発端となった。
- 鄧小平が一時失脚するきっかけとなった。