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歴史・4月2日

アルゼンチンがフォークランド諸島に侵攻(フォークランド紛争開始)

1982年4月2日、アルゼンチン軍がイギリス領フォークランド諸島に侵攻し、フォークランド紛争が勃発しました。この軍事衝突は約2か月半続き、イギリスの勝利で終結しました。南大西洋の領有権をめぐる長年の対立が武力衝突に発展した歴史的な事件です。

フォークランド紛争の勃発

1982年4月2日朝、アルゼンチン軍はフォークランド諸島(スペイン語名:マルビナス諸島)へ上陸し、首都ポート・スタンリーを占領しました。当時アルゼンチンを統治していた軍事政権は、経済失政に対する国民の不満をそらすため、長年イギリスと領有権を争っていた同諸島の奪還作戦を実行しました。

紛争の経過と結果

侵攻を受けたイギリスのサッチャー政権は直ちに反撃を決定し、原子力潜水艦を含む機動部隊を南大西洋へ派遣しました。激しい海空戦および地上戦の末、同年6月14日にアルゼンチン軍が降伏し、イギリスが実効支配を回復しました。この紛争により、双方に多数の死傷者が発生しました。

その後の影響

この紛争の結果、アルゼンチンでは軍事政権の威信が失墜し、民主化への移行が加速する契機となりました。一方、イギリスではサッチャー首相の政治的基盤が強固なものとなりました。諸島の領有権をめぐる両国の対立は、その後も外交上の課題として残されています。

ポイント

  • 1982年4月2日にアルゼンチン軍がフォークランド諸島に侵攻した。
  • イギリス軍が派遣され、約2か月半の戦闘の末にイギリスが勝利した。
  • アルゼンチンの敗北は同国の軍事政権崩壊と民主化への転換点となった。