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歴史・3月31日

ペリー艦隊が横浜に上陸し日米和親条約の追加条約(神奈川下田条約)が調印された日

1854年3月31日(嘉永7年3月3日)、日本に再来航したマシュー・ペリー率いるアメリカ艦隊と江戸幕府の間で、日米和親条約の追加条約である「神奈川下田条約」が調印されました。これにより、日本は鎖国体制を転換し、下田と箱館の開港が正式に取り決められました。

ペリー艦隊の再来航と条約調印の経緯

前年の1853年に浦賀へ来航し、国書を渡して一旦帰国していたペリーは、1854年に再び艦隊を率いて江戸湾に入港しました。幕府側との交渉の結果、同年3月31日に横浜において、前月に合意された日米和親条約の細目を規定する追加条約(一般に神奈川下田条約と呼ばれる)が調印されました。

条約の内容とその影響

この条約により、下田および箱館(現在の函館)の2港が開港され、アメリカ船への薪水・食料・石炭などの供給が約束されました。また、アメリカ人居留地の設置や領事の駐在などが認められ、日本の鎖国体制は実質的に終焉を迎えました。これを契機として、日本は欧米諸国との間で次々と条約を結ぶことになります。

ポイント

  • 調印日は日本側の旧暦で嘉永7年3月3日(1854年3月31日)である。
  • 条約締結の地は現在の神奈川県横浜市にあたる場所である。
  • 本条約により下田と箱館の開港が定められた。