歴史・3月27日
国際連盟からの日本脱退が正式に通告された日
1933年(昭和8年)3月27日、日本政府は国際連盟に対して脱退を正式に通告しました。前年の満州事変を巡る国際的な対立が背景にあり、国際社会との協調路線から大きく転換する歴史的な転換点となりました。
国際連盟脱退の背景
1931年に満州事変が勃発すると、国際連盟は調査団(リットン調査団)を派遣し、日本の行動に対する批判的な報告書をまとめました。1933年2月の連盟総会でこの報告書が採択されると、日本代表団は抗議して総会を退場しました。その後、同年3月27日に日本政府は国際連盟規約第1条に基づき、正式に脱退を通告しました。
その後の影響
国際連盟からの脱退により、日本は国際的な孤立を深めることになりました。協調外交から軍事力を背景とした独自の外交・国防方針へと傾斜していく中で、のちに日独伊防共協定の締結や太平洋戦争へと向かう歴史的過程の重要な節目となりました。なお、規約の規定により正式な脱退完了は通告から2年後となっています。
ポイント
- 1933年(昭和8年)3月27日に日本が国際連盟への脱退を通告した。
- 満州事変を巡るリットン調査団の報告書採択が直接的な引き金となった。
- 国際連盟規約に基づき、通告の2年後に正式脱退となった。