歴史・3月26日
ペリー艦隊が横浜に再入港し、神奈川条約調印に向けた交渉が行われた日
3月26日は、ペリー率いるアメリカ艦隊が前年の来航に続いて横浜に再入港し、日米和親条約(神奈川条約)の調印に向けた本格的な交渉が行われた日です。この再入港により日本は開国への道を大きく進めることになりました。幕末の動乱の契機となった歴史的な日です。
ペリー艦隊の再入港と交渉の経緯
前年に浦賀へ来航し、国書を渡して返答を求めていたアメリカ東インド艦隊司令長官ペリーは、要求に対する返答を受け取るため、再び艦隊を率いて日本周辺へ戻りました。今回は前年よりも多い艦隊規模で横浜に姿を現し、幕府側との間で本格的な交渉が開始されました。
神奈川条約の調印と影響
幕府側との交渉の結果、同年3月(旧暦)には日米和親条約(神奈川条約)が調印されました。これにより、下田と箱館(現在の函館)の開港が決められ、日本は長きに続いた鎖国政策を転換し、欧米諸国に対して扉を開くこととなりました。
ポイント
- ペリー艦隊が横浜に再入港したのは1854年(嘉永7年/安政元年)である。
- 日米和親条約(神奈川条約)の締結により、下田と箱館の開港が合意された。