国際・3月20日
アメリカ大統領ジョン・F・ケネディとソ連首相ニキータ・フルシチョフを結ぶ「モスクワ・ワシントン・ホットライン」の設置協定調印
1963年3月20日、アメリカ合衆国とソビエト連邦の間で「モスクワ・ワシントン・ホットライン」の設置に関する協定が調印されました。これは、偶発的な核戦争を防ぐため、両国の最高指導者間で直接かつ迅速な通信手段を確保することを目的とした歴史的な合意です。米ソ冷戦の緊張緩和に向けた重要な一歩となりました。
モスクワ・ワシントン・ホットライン設置の経緯
1962年10月に発生したキューバ危機は、米ソが核戦争の寸前まで達した最大の危機でした。この際、両国間の意思疎通の遅れや誤解が事態をさらに悪化させたという反省から、緊急時の直接通信回線の必要性が強く認識されました。その結果、翌1963年3月20日、スイスのジュネーブで両国代表団によりホットライン(直通通信線)の設置協定が調印されました。
協定の内容とその後の影響
この協定に基づき、ワシントンとモスクワの間を結ぶ通信回線が整備されました。当時、音声通話ではなく、暗号化された電報(テレタイプ端末)を用いた文字による通信手段としてスタートしました。ホットラインの開設は、その後の米ソ間の偶発的衝突を回避するための危機管理体制の基礎となり、冷戦期の緊張緩和(デタント)に向けた象徴的な合意となりました。
ポイント
- 調印日は1963年3月20日である。
- アメリカのジョン・F・ケネディ大統領とソ連のニキータ・フルシチョフ首相の政権下で進められた。
- キューバ危機での教訓が設置の大きな契機となった。
- 初期のホットラインは音声ではなくテレタイプ端末を使用していた。