国際・3月11日
キューバ危機:米ソが直接通信回線(ホットライン)の設置に合意
3月11日は、1963年に米ソ両国がワシントンとモスクワの間を結ぶ直接通信回線(ホットライン)の設置に関する覚書に署名した日です。前年のキューバ危機における教訓から、偶発的な核戦争を防ぐための迅速な意思疎通手段として合意されました。
キューバ危機と通信の遅れという課題
1962年10月に発生したキューバ危機は、アメリカとソビエト連邦が核戦争寸前まで対立した深刻な国際危機でした。この際、両国の最高指導者間での意思疎通に時間がかかったことが、事態をさらに緊張させる一因となりました。外交文書のやり取りには通常の暗号通信や外交ルートが使われていたため、緊迫した状況下では迅速な状況把握や誤解の解消が困難であったという反省が残りました。
ホットライン設置合意とその影響
この危機的な経験を踏まえ、米ソ両国は偶発的な衝突や誤認による核戦争を回避するため、直接の通信手段を確保する必要性で一致しました。1963年3月11日、ジュネーブにおける軍縮会議の場などで協議が進められ、ワシントンとモスクワを結ぶ通信回線(いわゆるホットライン)の設置に関する覚書が交わされました。これにより、両国の指導者が直接、迅速に連絡を取り合える体制が整えられ、冷戦期における危機管理の重要な基盤となりました。
ポイント
- 米ソ間の直接通信回線(ホットライン)設置の覚書は1963年3月11日に署名された。
- 前年のキューバ危機における意思疎通の遅れが設置の直接的な契機となった。