国際・3月7日
トルーマン・ドクトリンが発表される
1947年3月7日(発表は3月12日)、アメリカのハリー・S・トルーマン大統領が議会演説で示した外交方針が「トルーマン・ドクトリン」です。冷戦構造の幕開けを告げた重要な歴史的出来事であり、世界各地の共産主義勢力の拡大を封じ込める「封じ込め政策」の基礎となりました。
トルーマン・ドクトリンの発表
ハリー・S・トルーマン大統領は1947年3月12日のアメリカ議会上下両院合同会議での演説において、ギリシャおよびトルコに対する経済的・軍事的な援助を要請しました。当時、イギリスの支援能力低下に伴い、地中海・中東地域においてソ連の影響力が拡大することを懸念したアメリカは、自由主義陣営の一員としてこれらの国々を支援する必要性に迫られていました。
歴史的背景と影響
第二次世界大戦後のヨーロッパにおいて、ソ連を中心とする共産主義勢力の伸長は西側諸国にとって大きな脅威でした。トルーマン・ドクトリンは「自由な諸国民を征服しようと企てる武装少数派や外部からの圧力に抵抗している諸国民を支援する」という原則を掲げ、従来の米国の伝統的孤立主義から脱却し、積極的に世界へ介入する方針を明確にしました。この方針はその後の冷戦期における米国の外交・軍事戦略の基本方針となり、欧州復興計画(マーシャル・プラン)や北大西洋条約機構(NATO)の結成へとつながっていきました。
ポイント
- 1947年3月に発表されたアメリカの外交方針である。
- ギリシャとトルコへの支援を契機として提唱された。
- 冷戦期における米国の「封じ込め政策」の出発点となった。