歴史・3月6日
アラスカ購入に関するロシアとアメリカの条約が調印
3月6日は、アラスカ購入に関するロシア帝国とアメリカ合衆国間の条約が調印された歴史的な日です。この条約により、北米大陸におけるロシアの植民地経営に終止符が打たれ、アメリカ合衆国へ領土が譲渡されました。この土地取引は後の両国の関係やアラスカの発展に大きな影響を与えました。
アラスカ購入条約の調印
1867年3月6日(※年号を含む歴史的事実として)、ロシア帝国とアメリカ合衆国の間でアラスカの領土譲渡に関する条約が調印されました。当時のアメリカ国務長官ウィリアム・スワードが交渉を主導し、ロシア側からはアメリカ駐在のロシア公使が署名を行いました。これにより、広大なアラスカの地がアメリカ合衆国へ売却されることになりました。
背景と売却の理由
ロシア帝国は、クリミア戦争の敗戦による財政難に加え、イギリスとの軍事衝突の際に遠隔地であるアラスカを防衛することが困難であると考えていました。そのため、アラスカを手放すことで資金を得るとともに、当時北米で影響力を強めていたイギリスをけん制する狙いがありました。一方、アメリカにとっては北太平洋への進出や大陸の安全保障上の観点から魅力的な買収案件でした。
その後の影響
当初、アメリカ国内では「スワードの愚行」と揶揄されるなど、不毛な氷の土地を高額で購入したという批判が根強くありました。しかし、のちに金鉱が発見されたことや、戦略的・軍事的な重要性が認識されるにつれて評価は一変しました。現在では、アメリカにとって極めて価値の高い領土買収の一つとして位置づけられています。
ポイント
- 1867年3月6日にアラスカ購入に関する条約が調印された。
- ロシア帝国とアメリカ合衆国の間で交渉が行われた。
- 購入の推進役となったアメリカの国務長官はウィリアム・スワードである。