歴史・2月28日
第一次世界大戦:ドイツで「ライヒスターク火災緊急令」が発令され、基本的人権が一時停止される
1933年2月28日、ドイツで「ライヒスターク火災緊急令」(大統領令)が発令されました。前日に起きた国会議事堂放火事件を契機として発布され、ヴァイマール憲法によって保障されていた基本的人権の多くが一時停止されました。これはナチス・ドイツによる独裁体制確立への重要な足がかりとなった歴史的な出来事です。
ライヒスターク火災緊急令の発令と内容
1933年2月27日夜、ベルリンの国会議事堂(ライヒスターク)で火災が発生しました。ヒトラー率いるナチスはこの事件を共産主義者による革命の狼煙であると主張し、大統領パウル・フォン・ヒンデンブルクに対して緊急大統領令の発出を強く迫りました。これを受けて翌2月28日、「国民と国家を保護するための大統領緊急令(ライヒスターク火災緊急令)」が発令されました。
この緊急令により、表現の自由、出版の自由、集会および結社の自由、通信の秘密など、ヴァイマール憲法が定める基本的人権が事実上停止されました。また、治安維持の名の下に警察権力が大幅に強化され、政敵に対する逮捕や拘禁が法的な制限なしに行えるようになりました。
その後の影響と独裁体制への道
ライヒスターク火災緊急令は、ナチスが合法的に反対派を弾圧するための強力な武器となりました。発令直後から共産党員や社会民主党員、反ナチス活動家に対する大規模な検挙が始まりました。同年3月に開催された帝国議会では「全権委任法」が成立し、政府単独での立法権が認められることになります。この緊急令は、ヴァイマール共和国の民主主義体制を内側から崩壊させ、ヒトラーの独裁体制を確立する決定的な法的基盤となりました。
ポイント
- 発令日は1933年2月28日である。
- 前日に発生した国会議事堂放火事件が直接の契機となった。
- ヴァイマール憲法で保障されていた基本的人権が一時停止された。
- ナチスの独裁体制確立に向けた重要な法的ステップとなった。