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歴史・2月27日

新選組の局長・近藤勇が捕縛される

慶応4年2月27日(1868年3月20日)、新選組局長の近藤勇が下総国流山で新政府軍に捕縛されました。甲州勝沼の戦いでの敗戦後、再起を図る中で起きた歴史的な事件です。

流山での捕縛劇

鳥羽・伏見の戦い以降、勢力を劣勢に立たされた新選組は、甲州勝沼の戦いでも新政府軍に敗北しました。その後、江戸に戻った近藤勇らは部隊を再編成するため、下総国流山(現在の千葉県流山市)に本陣を置きました。しかし、流山にも新政府軍が迫り、陣が包囲されます。近藤は「大久保大和」と変名していましたが、詮議の中で正体が露見することを防ぐため、自ら出頭して新政府軍に捕らえられました。

その後の影響

捕縛された近藤勇は、板橋宿の本陣へと送られ、新政府軍による厳しい尋問を受けました。その後、幕府の軍勢としてではなく朝敵(賊徒)の首魁とみなされ、慶応4年4月に板橋において処刑されました。局長である近藤の死により、京都の治安維持などで名を馳せた新選組は、組織として決定的な崩壊を迎えることとなりました。

ポイント

  • 発生日は慶応4年2月27日(新暦1868年3月20日)である。
  • 近藤勇は当時「大久保大和」と名乗っていた。
  • 下総国流山(現在の千葉県流山市)の本陣で捕縛された。