歴史・2月26日
咸臨丸が浦賀を出港しアメリカへ向けて出発
1860年2月26日(万延元年1月5日)、日本初の太平洋横断を成し遂げた幕府の軍艦・咸臨丸が、使節団を乗せて神奈川県の浦賀港を出港しました。日米修好通商条約の批准書交換のため、アメリカ合衆国へ向けての歴史的な航海が始まった日です。
咸臨丸の出港と太平洋横断
万延元年1月5日(1860年2月26日)、江戸幕府は日米修好通商条約の批准書交換のため、遣米使節をアメリカへ派遣しました。使節団の正使らはアメリカ軍艦「ポーハタン号」に乗り込みましたが、それに先立ち、幕府の軍艦である「咸臨丸」が自力航行による太平洋横断に挑戦するため、浦賀を出港しました。咸臨丸には勝海舟や福沢諭吉らが乗船していました。
航海の背景とその影響
当時、日本人だけで太平洋を横断することは技術的に極めて困難であると考えられていましたが、アメリカ人航海士の協力を得つつ、日本人乗組員たちは嵐を乗り越えてサンフランシスコに到着しました。この航海は、日本の近代海運史および造船・航海技術の発展において重要なマイルストーンとなりました。
ポイント
- 咸臨丸は1860年2月26日(万延元年1月5日)に浦賀を出港した。
- 日米修好通商条約の批准書交換に関連する航海であった。
- 勝海舟や福沢諭吉らが乗船していた。